人間として圧倒的な精神的安定をもたらすための必須要件はこの自己顕示欲というものを持たないことです。
巷ではこの自己顕示欲の塊のような人たちで満ち溢れています。
代表的なのは反高市な方々で今日も事細かにあることないこと批判することで自己顕示欲を満たし続けている人たちです。でもこういう人たちを見ていてあまり幸せそうに見えないなというのが私の印象ですね。
批判は別に良いのです。政治家、それも総理大臣であるなら政策に関してこれは国家のためにならないと考えるならそれを論理的に説明できるならそれを説明して批判することは一理あるでしょう。ただ私個人的にはこういったことも建設的ではないなと思います。
それは万年野党の方々を見ていれば分かる通り、隙あらば政権批判、なんでもかんでも粗を探して政権批判というような人たちが国家のために素晴らしい政治家たちだと思える人は数少ないかと思いますし、実際国家の何の役にも立っていない、むしろ足を引っ張っている政治家たちです。
そういう意味では一応政権運営側にいる自民党の政治家たちの方が国家運営のためにある程度貢献している側であると言えるわけですね。
私がいつも言っている通り言うは易し行うは難しで私自身は相場師として長年生き続けてきた、このことわざを痛感し続けてきた経験から述べていることで間違いない真理だろうと思います。
本当に批判するだけなら簡単だし、理想的な素晴らしい主張も言うだけなら誰でも出来るのです。
問題はそれを実現できるかどうかで実現するために様々な手を打って実践できる者こそが本当に素晴らしい人たちであり、私がどんな分野の世界でも評論家より実践家も好むのはこれが理由です。難易度が段違いなのです。
ですから自己顕示欲の塊のように自分は偉い総理大臣様を批判できる優秀な人間、勇気のある人間なのだといった反権力という名のただ言うだけの偽善者たちを私はいまいち評価が出来ないのですね。
ただ人間としてはこの自己顕示欲というものは誰しもある程度あるもので、それが大きくなればなるほど人間としては不幸になっていくことがほとんどです。
ですから今日はこのことを少し考えてみたいと思います。
比較論の害悪
まずは比較論の害悪から述べましょう。
人間は他人と比較し始めるとき、自己顕示欲が沸々と沸いてきます。他人と比較して自分は優れているとして優越意識を増長させたり、他人と比較して自分は劣っているとして劣等意識を増長させることで自分自身を不幸にしていきます。
これは常に自分とそれ以外の何かと比較して思考してしまうことに弊害があります。
銘柄分析、チャート分析などをするときには確かに銘柄比較、チャート比較などをするものなのでそれで相対的に強いもの、弱いものというものを選択して手掛けていく側面がありそういう相場技術的な側面からは一理ある分析なのですが、自己分析ではこういう思考を始めるともう泥沼に陥ってしまいます。
何故ならどんなにあなたが優れていると自分で考えていても上には上が必ずいます。あなたが専門家を自負し、そのことに本当に人生を賭けてやってきて自信があることであってもそれ以上に凄い人間は世界には必ずたくさんいます。
ですからそういうことを考え出した瞬間からイライラしてくるのです。自分はこんなに頑張っているのにもっと凄い人たちがたくさんいるという事実に焦りが生じるわけです。
そう感じてしまうのは自己顕示欲の塊だからです。
自己顕示欲がない人が考えることはただただ一つです。
いやあ世の中には私なんかより凄い人がたくさんいるんだなあという感想だけです。
それ以上でもそれ以下でもなくまた再び自分のやるべきことに集中します。
自己顕示欲がないので他人との優劣に興味がないのです。比較しても優越感も劣等感も抱かないということですね。
ですからこの比較論の害悪にまずは気づくことです。
自分に対する執着を捨てる
次に自分に対する執着を捨てることです。
結局自分に執着しているのです。反高市な方々も総じて別に自分が政治的な力があるわけではないのに自分の考えに執着して自分の考えと違う人を感情的にも批判してしまいます。
自分に対する執着心というものがあるのでどうしても様々な考えがあってよい、そしてその考えを政治的に実現するためにはそうではない考えを持っている政治家を批判するよりも同じ考えを持つ政治家を応援する方が建設的であるということに気づけないのです。
そういう政治家が一人もいないが何とか自分の考えを実現したいなら自分自身が厳しい道であっても政治家を目指せばよいだけの話です。高市早苗という政治家は実際そういう政治家であり、父母も祖父母も政治家ではない普通の家庭から成りあがった政治家ですからそれと同じことをやればよいだけなのです。政治家は元官僚とかいった元々政治関係者だった狭い視野しかない世界で生きている者や親が政治家という世襲ばかりでろくなことはしないが政治家になるためには東大エリートか地盤看板鞄がなければ不可能だからそういう環境に置かれていない自分は絶対なれないと言いながらそれが出来た高市総理を批判することはあまりにナンセンスなのです。
いずれにせよ自分に対する執着を捨てることから始めないと何も始まりません。
ここは相場などでも同様で、特定銘柄、特定取引というものへの執着を捨てることが大事です。
こういったことに執着するということは自分の考えというものを絶対視しているということであり、自己顕示欲が適切な相場を張ることよりも重視しているということになるわけですね。
人の不安を商売にする人たち
人の不安を商売にしている人たちは数多くいます。
実際確かに心理学的に人の不安を煽ることが金になることが分かっています。
従ってそれを実践する人たちは後を絶たないわけですが、そういう人たちに煽られないことですね。
代表的なものはマスメディアであり、今日も相変わらず公正公平な報道を伝える義務があるとのたまいながら人の不安を煽り、間違っても責任を取らず、また新しい不安を煽り続ける商売をしています。結局それが視聴率を稼ぐ、人を引き付けることになるので広告が付き、物が売れ、儲かるわけですからビジネスとしては正しい戦略なのです。
ですから我々一人一人が常に自分に対する不安というものを放棄するべく動き続けることです。
あなたの不安に付け込もうと人たちはこの世に無数にいるということを認識してください。
いつ大地震が来るか分からないから保険に入りましょう、こういう対策グッズを揃えておきましょう。
いつ病気になるから分かりませんから健康に働ける今のうちに資産運用しておいてお金に働いてもらいましょう。
もちろん確率論から言えばどちらも確かにあり得る可能性ではあるのですが、えてしてこういう不安を煽る人というのはそういうリスクばかりを述べて行動できていない人が多く、自分が行動しない言い訳として論理だてていることが多いですね。確かに一理ある確率論ならどんな低確率事象、自分の身に降りかかる可能性は生涯という期間であっても一度もないかもしれないことに不安を結び付けてしまいます。
これもまた自己顕示欲というものが関わっています。
不安である自分というものを顕示しているわけですね。
歪な欲望ですが確かに大きなものとなりやすいものなのです。
相場では顕著に今日も投資家の不安を煽る情報で満ち溢れています。なぜならそれが読者をひきつけることが心理学的に証明されているからです。実際結果としても閲覧数が急増するなどといったことが起き続けており、従ってXだろうがYouTubeだろうがそういう煽り投稿、動画ばかりです。それはただただそうすることでより儲かりやすくなるからです。私のようにそれよりも真理を大事にしているおバカな人は少数派なのです。
自己顕示欲を持たないこと
最後までお読みいただきありがとうございました。
とにもかくにも自己顕示欲を持たないことです。
あなたは今のあなたのままで良い。
あなたが何をしていてもしていなくても。
あなたがどんな地位にあろうとなかろうと。
あなたが若かろうが年老いていようが関係なく。
一番大切なことはそういう上辺のことではなくてあなたの内面のこと、つまりは自己顕示欲を持たないことなのです。
相場を張るという行為はそれをやろうとする時点で大抵の人間たちは要するに儲けたいと考えるわけですが、そこに付随して儲けている自分が偉いんだといったような自己顕示欲を満たそうとしてしまいます。
しかしそれは相場を適切に張り続けるという点でマイナスとなってしまいます。
ですから相場を適切に張り続けるという意味でも自己顕示欲を持たないことが大事です。
結局今日もまた最終的な結論は同じになりましたね。
精神確立がすべてなのです。
自己顕示欲のない姿勢で相場を張れるあなた自身を作ることが最重要なのです。
