イン・シャー・アラー

独活日記(相場を生き抜くために)

今日も巷では明日の株価はどうなるかと躍起になって自己主張が為されています。

世界中の経済新聞などで連日様々な主張が取り上げられて自己主張が為されていますね。

そういったものを読んで投資家たちはどれが正しいのか懊悩するわけです。

同じ瞬間に正反対の主張をしている二人がいて、それぞれがなるほどと思わせる論理的展開が為された文章が提示されていることも多々ありますのでその場合どちらを選択すれば良いのか分からなくなるわけですね。

今日はこのことを考えてみたいと思います。

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相場はある程度分かるものである

多くの人たちはこのように考えています。

このように考えている人がほとんどいないならこれほどにああだこうだと主張が振りまかれることはないからです。

100%正解は将来は誰にも分からず前提条件となるものが崩れるような予期せぬ展開があるかもしれないから難しいが、前提条件が間違いなく推移すればこうなるはずだといったことは言えてそれは正しいはずだと考えることは間違っていないように思う人が多数なのです。

ですから今日もこの銘柄が良い、何故ならこれこれこういう理由だからと参考銘柄と逃げの口上をしながら銘柄推奨をする人たちが後を絶たないわけですね。

私は買っているとかいって平気で買い煽りの株価操作行為を過小資本銘柄などでしている輩も後を絶ちません。

そして投資家側もそういった情報を欲しており、自分の判断はあるにしてもそれだけでは心もとなく、同じような考えを持ってくれる誰かを探し求めるわけです。そしてそれを見つけては安心し、保有への自信を高めていくといった自分の考えへの補強を行っていくわけです。

総じてこの人間心理過程は相場はある程度分かるものであると考えているといったことから始まっています。

この前提条件がある限り、この手のものが永遠に無くなることはないのでしょうね。

相場は全く分からないものである

私はこう考えています。三角保ち合い上放れと言ったところでそれが教科書通りに通用することなど滅多にありません。

あらゆる相場はある程度分かるものであるとする指標が通用していないのですね。

結果論で過去のチャートからああだこうだと述べることは誰でも出来るのです。

こういう形状だからこれからこうなる可能性があるといったことは誰でも言えるのですね。

問題はでは実際にそこで怒涛の如くに仕掛けることが出来るのかどうか?

出来たのかどうかというところが実践家としては大事な点ということになるのですが、相場がある程度分かっていると考えている投資家たちは裏の意味では分からないこともあると考えているという意味で中途半端となり、とある投資家は自信過剰に自分の考えに拘って、とある投資家はもしかしたら今回は違うかもしれないと仕掛けに躊躇して適切な売買を阻害してしまうことになります。

相場は全く分からないものであると考えている私は故に自己規則通りに淡々と売買を繰り返すしかないと悟りそれをただただ実践継続する故に適切な売買を全取引で何十年にも渡って継続できてしまうということになります。

相場は全く分からないものであると考えることの重要性を認識してください。

分からないことを分からないままでいられる勇気

分からないことを分かろうとする必要性はないのです。

分からないと行動できないという人はそもそも相場を張るのは止めた方が良いですね。

相場はどんなに知識を積み重ねて経験を積み重ねていっても永遠に分からないものだからです。

分かった気になっている人たちは数多くいますよ。

自分では分かっていると思っているだけの人たちなのですがもちろんその人自身はそのことに全く気付いていませんし、自分は相場を良く分かっている、上手く行っていると錯覚しているままに生涯を終えることも多いですね。

分からないことを分からないままでいられる勇気を持つことが出来るかどうかが今日もすべての投資家たちに問われ続けているわけです。

分からないからこそ銘柄分散、時間分散するわけですね。

分からないからこそ損切り見切りをきちんとするわけですね。

分からないからこそ相場では様々な分散をするわけです。

これをきちんと実践しているということは相場は何も分からないということを理解し分からないことを分からないままでいられる勇気を持って行動しているということになります。

分かろうとしない

最後までお読みいただきありがとうございました。

分からないものを分かろうとしない姿勢、いわゆる本物の宗教的思考が必要なのです。

イン・シャー・アラー

特定の人たちを除いては何を言っているのか全く分からなかったでしょうが、イスラム教における神の思し召しがあればという意味となる言葉なのですが、要するに何事も起こり得る相場においてそれを何とか分かろうとして多くの情報を頭に詰め込んで考えようとするのではなく、分からないものを何とか分かろうとする科学至上主義、今は分からないことでも科学が発展していけば分かるようになるはずだといった分からないものを分かろうとする姿勢を持つことなく、人知を超えた事象があり、分からないことだらけであるのだから分からないことは分からないままに受け入れて日々相場実践していけば良いといった思考になることがとても大切なのです。

相場がどうなるこうなる、経済がどうなるこうなる、この銘柄が買いだあの銘柄が売りだ、そんなことは分かるわけがないのです。

そして分かろうとする必要性も全くないのですね。

科学優勢の現代においてはどうしても株価が上がった理由下がった理由を分かろうとする投資家が後を絶ちません。その誤った思考が適切な売買を阻害し成功し続ける投資家となることを妨げます。

キリスト教においてはGod Knows、神のみぞ知る、日本仏教においては空、禅の思考なのですが、分からないことは分からないということを分かるといった精神状態に持っていくことが相場を生涯適切に張り続ける上でとても大切な境地なのです。

いわゆる元株式市場関係者と称した相場の素人たちの相場はこうである、これからこうなる、ああなる、○○銘柄がこれから大化けする銘柄だといった相場を分かっているかのごときくだらない情報を有難がって金を払って得ることを止めましょう。

相場は分かろうとしなくていいのです。

相場はそもそも分からないものなのですから。

そしてむしろその境地に達した投資家こそが生涯成功し続ける投資家としての精神確立が出来た人なのですね。

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