謙虚であるということ

独活日記(相場を生き抜くために)

私は人間の本質は謙虚さというものがあるかないか?大事にしているかしていないか?しかないと考えています。

何故なら人間は生まれた瞬間が一番傲慢な瞬間だからです。

赤ん坊は夜泣きしてご両親を心労させますが、もちろんこの赤ん坊に罪はなく、ただただ自分の不快な感覚に従って泣きじゃくるわけですね。

幼い子供時代においてはあれが欲しいこれがやりたいと当然周りの迷惑無視で、我欲を貫き通そうとします。

そういうことを繰り返しながら怒られたり諭されたりしながら少しずつ世の中というものを学び他者というものを学び、いわゆる社会性というものを身に着けてこの世で生きていく術、謙虚さを学んでいくわけですね。

しかしこの過程をしっかりと踏んで成長していかないで大人になってしまうと多くの問題が生じてきます。

何故なら子供の時分なら社会的影響はほとんどないのでとある子供がどんな傲慢なことをしても抑えつけられてしまいます。

ところが大人の場合は年をとればとるほど基本的には少なからず社会的影響を与えてしまう立場になってきますから傲慢な思考が維持されてしまっていると社会にとって悪影響となってしまうリスクが高まります。

ですから結局謙虚さというものをいかに身に着けておくかということが社会的安定のために最重要なものだと私は考えています。

そして、相場でもこれは顕著に通用する生涯成功し続ける投資家となるために身に着けておくべき必須の姿勢となっています。

今日はこのことを考えてみたいと思います。

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謙虚さとは何か?

謙虚さということを定義するときに気を付けなければならないことが一つあります。

それは過剰な自己抑制になってしまわないようにしなければならないということです。

日本人はその他の国々の人たちと比較して相対的に自己抑制を良しとしてしまう、つまり我慢してしまう人が多い民族です。

まさに謙虚な民族であるということになるわけですが、それは国際社会では消極的であるとしてネガティブに映ってしまうリスクが高いので避けねばなりません。

本来の謙虚さというのはしっかりと自己主張はしながらもそこに固執しない謙虚さを保つということに尽きます。

自己に妄信しないということが謙虚さということになります。

固執、自己正当化、他責思考

いわゆる反日左翼は固執、自己正当化、他責思考が三点セットで前面に出ていることで現代人には時代遅れの敬遠される人たちということになりましたが、相場においてもこの思考は非常に禁物な思考となります。

傲慢であるということは固執しやすいということであり、自己正当化ばかりするということであり、自己責任が原則である投資の世界で他責思考になってしまっているということになります。

真逆となるのが謙虚であるということになり、謙虚であるからこそ特定の考えに固執することなく日々自分は間違っているのではないだろうかと考える柔軟性があり、自己正当化をしませんので常に客観的な経過に集中することが出来、他責することなくすべて自分で決断した自己責任を感じる謙虚さを保持しているということになります。

そのことによって相場の急変に臨機応変に対応できる性質を保持する成功し続ける投資家も生み出します。

要するに投資はすべて投資家自身の心次第であるということですね。

固執、自己正当化、他責思考は総じて投資家の適切な心の形成を阻害する要因になるわけです。

いかにして謙虚さを身に着けるのか?

従って謙虚さというものは相場で必須の精神性となるわけですが、当たり前の話ですが、人間は様々な性格の人たちがいて、様々な人生形成をしてきた人たちがいて、人間としてどうやっても謙虚さを身に着けられない傲慢な人はいて、もちろんそういう人たちでも人生という意味では自由であり、傲慢に自己固執していくことで大成功者になることもあり得る話なのでそれでよいのですが、つまりは相場を張る上で謙虚さを示す精神性を限定的にでも構築できれば、人間としては謙虚さがなくても相場を張る上では上手く行くことも可能ということになります。

では相場において謙虚さをいかに身に着けるのか?

人間として謙虚さがないという自覚があるなら姿勢だけでも謙虚さを保つ技術があります。

それを説明していきましょう。

あなたの思考はあなたの妄想である

まずはこの文言を反復してみてください。

あなたが現在考えている思考それはすべてあなたの妄想でしかありません。

あなたが正しいと思っているだけですべての人にとって正しいとは限りません。

当然市場の考えと一致するとは限りません。

それは何故かと言うとあなたは自分で自分が正しい思考をしていると妄想しているだけだからです。

各種情報を得て、各種分析して、導き出したあなたが正しいと思える思考を正しいだろうと妄想しているだけであるということをいかに理解するか?

ということなのです。

あなたの思考はあなたの妄想である。

何度も反復してください。

あなた以外のどんな人の思考もその人の妄想である

次にこの文言を反復してみてください。

あなたの思考があなたの妄想でしかないのと同様に、あなた以外のあなたより賢そうな肩書を持った、知識を持っていそうな、正しいことを述べてくれそうな人の思考もその人の妄想を述べているだけです。

当然市場の考えと一致するとは限りません。

それは何故かと言うと、その人がどんな専門知識があっても分析力優れていても結局その人自身の思考が最終的に正しいと妄想しているだけだからです。

人間である以上、妄想しない人はいないということです。

あなたも例外ではないですが、そこに自己卑下する必要性は全くなく、誰しもが例外なく自分が正しいと考える妄想を述べているだけなのです。

その過程が感情的な印象だろうと論理的な統計分析だろうと関係ありません。

どうであれ自分で考えてこうではないかと思った妄想なのです。

これをあなた以外のどんな人の思考に対しても妄想だと捉えることが出来るかどうか?

あなた以外のどんな人の思考もその人の妄想である。

何度も反復してください。

謙虚さによって優先順位の変更が行われる

最後までお読みいただきありがとうございました。

相場を張る上で謙虚さを持つということはすべての考えを妄想であると捉えることです。

これさえ出来れば市場の考えに従い続ける相場を張れる投資家になることが出来ます。

何故なら妄想に従うわけにはいかないからです。

従うべき優先順位が変わるのです。

多くの投資家たちは自分の考え第一主義な相場の張り方をします。

次に多い投資家たちは自分以外の誰か、カリスマ投資家やら敏腕ファンドマネージャーやらの考え第一主義な相場の張り方をします。

そして極々少数派の投資家たちは自分の考えも自分以外の考えもすべて妄想と見なし、相場を張る上で第一のものには決してしないのです。

謙虚さによって優先順位の変更が行われます。

投資家の心の中で相場を張る上で、その実行段階における選択肢が市場の考えという方向性に優先されるようになります。

ここが本当に相場の面白いところで相場で成功し続けるためには知識でもなく経験でもなく適切な精神形成が圧倒的比重でもって重要であるということを証明しているのです。

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