天皇というもの

徒然日記(相場以外の話題も)

奉祝天長節

新天皇陛下が即位なされてから初の御生誕日ということで誠にお目出度いということになるわけですが、この令和の時代が良き時代になって欲しいものですね。

現状ではコロナ禍となり私は世界的人災であると考えておりますが、残念ながら厳しい時代の到来を予期するような状況となってしまっています。

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皇室といった問題

皇室といった問題に関しても色々とありますね。

私はこのことに関しては不敬であると考えて一切声を上げることはありませんし、これからも控え続けるわけですが、お構いなしに皇室は我々の税金で食っているのだからといった意識で様々な皇族の方々の言動に批判や誹謗中傷が低俗なマスコミが煽ることで一部起きているのは悲しいことですね。

結局我が国の誇る天皇というものに対して考えていく上で大事な点は一つだけなのでしょう。

それは血統が大事なのか人格が大事なのか?

ここが現代社会においては大いに議論となってしまう存続の是非も含めて大事な点となってしまっています。

もちろんどちらも大事であると語ることは簡単なのです。

実際現天皇陛下はどちらも持ち合わせていらっしゃる素晴らしいお方です。

ですが過去の歴史を紐解けば愚昧と言わざるを得ない天皇もいらっしゃったわけで、その意味はいわゆる天皇というものはその人となりがどうであれ血統がすべてでありその継承こそが天皇を天皇たらしめる唯一の証明であるといった基本的大前提があるということです。

これが非合理だとか時代遅れの考えだとかいうのは現代合理主義に染まった人たちの戯言なのですが、そういう視点からは我々の税金で食っている人間たちなのだから当然血統の前に人格的に優れているべきだ、国民の模範となるような人間でなければならないといったような思考が生じてきてしまうのですね。

ここが本当に非常に危ういところだなあと私は考えています。

要するにこういう非合理的な神話の世界の物語を信じ続けるといった発想を受け入れられる現代人は非常に少数派となってしまってきているということです。

ここへの対処を間違えるとまさに天皇というものの危機、皇室というものの消滅の危機に陥ってしまうのです。

開かれた皇室という誤解

私は開かれた皇室というものが誤解を与える言葉だと考えています。

開かれた皇室だからといってプライベートのことをああだこうだとマスコミが論じる権利はないのです。

芸能人ではないのですし、皇室の方々はそういったものに対して反論する権利を持ち合わせていないからです。

ただ有名というだけの芸能人なら悪名は無名に勝るということでどんなマスコミの論調も目立つという意味では知名度の浸透になるわけでもちろん同様にマスコミを使って反論することも可能なのですが、皇室の方々にはそれは不可能です。

それをいいことに言いたい放題でマスコミが論じ、それを見て国民が不敬にもああだこうだと上から目線でこうしろああしろと述べていくのは実は自らの首を絞めることになるということに全く気付いていないのだろうなあと私は考えています。

我々日本国民にとって最も大事なことは天皇というものが血統を主軸として永続的に紡がれていくことであってその人その周りにおられる皇族の方々の人格が常に崇高であり続けることではありません。

大事なことは人ではなく血統なのですね。

ここをいかに理解できるか?

これが天皇というものに関して本質的な理解をする上で最大唯一の論点なのです。

要するに血統など意味はない、天皇に相応しい人格を備えているかどうかが大事である、皇族に相応しい言動をしているかどうかが大事であると我々国民一人一人にとってはまさにその通りな正論が天皇、皇室の方々にとっては正論ではないということに関してどれだけ国民の理解が浸透するかといったことが最も大事な点なのですね。

このことを理解する国民が多数派になることが本当に大事だなと私は考えています。

そのためにはどうしたらよいかというのがすでに理解している国民にとっての課題ですね。

天皇というものの本質

最後までお読みいただきありがとうございました。

人は得てして自分の狭い狭い考えというものに固執します。

それが常識であるかのごとくに述べます。

もちろん自分という一人の人間の考えのみならず、現代社会に生きる時代における常識というものに固執することもまた狭窄な考えなのです。

過去歴史を紡いできた先人たちの考えというものもまた一理なのです。

天皇というものはその日本の悠久の歴史における象徴的な国家の土台となるものであり、それはただ血統というもののみにおいて紡いできたそれ以外に考慮すべきものは何もない日本の誇る伝統なのです。

その伝統に対して現代人の狭い思考で合理性で論理的に反駁して不必要なものと断罪したり、こうあるべきだと批判していくことは簡単で容易に論駁されてしまうのです。

それでもやはり守るべきものなのかどうか、これが一人一人の国民に問われ続けています。

昔も色々と議論があり天皇や皇室の存続危機もあったわけなのですが、過去の日本人たちは何とか継承し続けるということを選択して今日まで来たわけですね。

様々な経済問題やら社会問題やらありますが、日本国家という意味では実は我々が最も考えなければならない関心ごとはこの天皇というもの、皇室というものなのでしょう。

初めての令和時代における天長節を迎えて敢えてこの天皇のことを考えてみましたが、このことの本質的な理解のためにはやはり現代感覚における常識という名の狭い思考の大転換が多くの国民に必要となってきてしまっているのだろうなと感じています。

微力ながらも私も啓蒙していって天皇というものの本質というものの理解を浸透させていきたいなあと考えています。

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