思想対経済

徒然日記(相場以外の話題も)

思想というものはその人の信条、思考、目指す社会といった考えです。

経済というものはその人の生活、基盤、目指す社会といった考えです。

思想と経済を一緒くたにして考えてしまう人も多いのですが、実際は目指す社会といったことに関して共通点もあるものの、理想とする信条と現実の生活、主観的な思考と客観的な基盤というものは相異なるものであるということを理解しなければなりません。

参議院選挙真っ只中において一つの参考指標として今日はこのことをじっくりと考えてみたいと思います。

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思想

まず思想の話です。

私は右寄りの思想を持っています。

保守という言葉を使わないのはどうしても保ち守るというのは既得権益派といったイメージを多くの人たちが持ってしまうためにそういった先入観を抱いてほしくないという思いがまずあって右寄りという言葉を使っています。

conservativeを保守的と訳すのはつくづく誤解を与えてしまうなあという思いを私は抱いています。 

この右寄りの思想とはいわゆる革新思想の反動としてのものといった点があります。

革新思想がないなら必要のない思想と言えるでしょう。

conserveとは詳細に訳すならめったやたらと行動しないと私なら訳します。

保存する、節約する、既得物を守るという和訳ではその説明が浅いのです。

急進的に革命的に改革するといった思想に対してちょっと待てよ、もうちょっと考えようや、先人たちの叡智による現在も残っている伝統をもう少し参考にして、時代に合わないものを変える行動をするにしても漸進的に少しずつやっていこうやという思想なのですね。

決して既得権益を守るために必死に何も変えようとしないという思想ではないということを左寄りな方々もご理解していただきたいのです。

ある意味では理性というものを疑う、論理というものを盲信しないという意味ですね。

不確実性に生きる相場の世界においては最適の思想だと私は自分勝手に思っているわけですが、要するに常に自己を疑うことを忘れていないということです。

一方で左寄りな思想は進歩的、革新的といった言葉がまさに当てはまるあらゆる問題が理性によって解決できるだろうという理想論を抱いている思想です。

エリート層と言われる世界中の方々、そして若い人ほどこの思想に憧れます。

実際確かに何か変革することで既存のものを変えるということは何か将来性があるような気がしますね。

科学は常に進歩しており、どんどんよりよき世界へ向けて新しいものが研究開発されているとされています。

そういう科学万能主義とも非常に相性がよく、科学者の多くは左寄りな思想を持っています。

理性を信じる、論理合理性を重んじるのが左寄りの思想と言えるでしょう。

経済

次に経済の話です。

経済には本来思想が入る余地はありません。

何故なら経済とはそれを営む経済活動の総体だからです。

要するによりよき経済活動が出来ているのかいないのか、出来るためには何をすればよいのかということが大事だからです。

人の個人的思想とは全く関係ないところに経済というものはあるのですね。

しかし政治においてはここに政治家自身の思想というものが絡まって経済にも組み込まれてしまっているのが現実です。

確かに政治経済は切っても切れないものであり、資本主義社会においては選挙民たる国民の生活にも関わってくる大事ですから仕方がない側面もあるのですが、本来はそこに自分自身の思想を絡めるべきではないのです。

思想対経済

思想対経済という図式は常に個々人に問われ続けています。

どちらをより重視して政治参加するのかということが一人一人の国民に問われているわけです。

大抵はこの政治家は思想が真逆だから支持できないとなる人がほとんどです。

仮に経済政策として正しいことを述べていても感情的に受け付けられないとなります。

こういう人たちは思想対経済を戦わせて思想が勝っている人たちということになります。

私は常に思想対経済において経済が勝っている人間なのでいわゆる右寄りな思想の政治家であっても経済政策が私が求めるものに一致していなければ不支持となりますし、いわゆる左寄りな私とは相容れない思想の政治家であっても経済政策が私が求めるものに一致していれば支持することになります。

常に国民はこの思想対経済というものが問われ続けており、どちらを重視するのかということを考えて行動しなければなりません。

私は思想というものは個人的なものであるべきであり、経済というものは全体的なものであるべきであると考えているので自分自身の個人的思想の一般化は置いといて全体的な幸福を考えようとして経済を重視しています。

一番よいのは思想も経済も完全一致する政党を選べるということなのでしょうが、そもそも政党というものは思想信条が一致することで組織化されるものですから、なかなか上手く行かないのですね。

対立を超えて

思想も経済も大事なものです。

ただやはりそれを対立軸として捉えて群れるのは間違った社会へと進むのだろうと思います。

人間は一人で生きることは絶対に出来ませんしそんな人はこの世に一人もいません。

ですから思想は異なっていても正しい経済政策は支持するといった超党派といったものが主流になっていくことが大事となるでしょう。

経済に右左はないはずなのに、何故か右ならこういう経済、左ならこういう経済といったものでなければ右ではない左ではないと捉えがちとなっています。

トランプ大統領が所属する保守党は市場原理主義といった小さな政府を主軸とした経済政策を党是としていますが、トランプ大統領がやっていることは圧倒的財政出動など大きな政府志向です。

そしてそれは民主党の提唱する経済政策に近いとも言えるのですね。

この逆転現象は面白いのですが、民主党も知りながらそれを述べることをしませんね。

大手マスメディアも黙りです。

この米国の現実において思想と経済は分けて考えるべきであるということを証明しています。

トランプ大統領が保守党であっても正しい経済政策をしているなら民主党員はそれを支持することが正しい姿勢です。保守党の党是がトランプ大統領の実践している政策と異なっていてもそれが米国民のためになる国益に沿うものであるなら支持しなければならないのです。

現実には権力闘争があり、人間として組織の一員としてあまりに自身の思想を重んじ、それが制約されてしまうというところに政治の大きな矛盾が潜んでおり、経済を間違った方向性へともたらしてしまう政治が生じてしまう要因にもなっているのですね。

最後に

最後までお読みいただきありがとうございました。

思想対経済は今日も政治の世界において行われ続けています。

結局人間のやることですので完璧にはいかないことは仕方がないのですが、そして政治と経済は密接な関係にあることは確かなのですが、そこでいわゆる自分自身の思想と現状における正しい経済政策実践というものをきちんと分けて考えることが出来るかどうかといったことが世界中の政治家達に問われ続けているということになります。

我々国民一人一人においては外見や人柄、人間性ではなく、その政治家がどんな政策を提唱しており、それは我々国民の生活、将来の日本人のために、国益のために利するものであるのかどうかで支持不支持を判断すべきであり、その人が悪人顔であろうとも、人柄が悪そうでも、人間性に欠けているように見えたとしても支持できるかどうかといったところに正しく適切な政治の方向性がある故に主観的に感情的に多数が選択しがちな民主主義における正しい政治実践というものの難しさがあるのです。

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