正しさというもの

独活日記(相場を生き抜くために)

いきなり結論を言えばこの世に正しさというものは何もありません。

これがこの世の真理です。

あるのはそれぞれの人たちのこれが正しいという思いだけです。

それが感情的であれ論理的であれ多数派であれ少数派であれ関係ありません。

その人自身がこれが正しいと考えているだけの一主張に過ぎないということです。

しかし多くの人たちはいかに自分が正しいことを述べているのかを言い、違う意見のものを論駁し、批判し、揶揄してしまうのです。

そこに潜む心理は結局自己満足、承認欲求の成れの果てということになりますね。

相場でも顕著にそういうことが起こっています。

しかしそれは成功し続ける投資家であるためには百害あって一利なしなのです。

今日はこの正しさというものを考えていきましょう。

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相場における正しさというもの

相場においてもこれが正しいというものは何もないというのが真理です。

投資家の数だけこれが投資法だ成功法だというものがあり、それぞれが自己主張しているわけですが、その人にとっては正しいのかもしれないというものでしかないのです。

ところがああだこうだと教授したがる人も後を絶ちませんね。

私もまあ自己主張していますのでご多分に漏れません。

ただ私は自分の相場に関しての正しさというものは何もないという真理を理解した上で述べていますので全く問題ないのです。

そこに潜む心理は謙虚さを身に着けているということですね。

謙虚ささえあるなら何を自己主張したところでそこにさえこだわらない自分自身がいますので大丈夫なのです。

ところが多くの自己主張が強い方々は自分の考えが絶対でこれが唯一無二の正しいものであると思い込んでいる事が多く、それは最終的にその人自身が墓穴を掘る要因になってしまいます。

何故なら相場では何事も起こり得るからです。

とある投資家の正しいと思っていることなど簡単に覆す時代を到来させるのが相場だからです。

ですから傲慢な投資家が成功し続けることは滅多にありません。

全世界どこを見ても生涯成功し続けることが出来た投資家というのは常に謙虚さを失わずに生涯過ごした人ですね。

ここに例外はないように私は考えています。

一過性の成功者は傲慢な人でもいるのですが、やはり永続的な成功者は常に謙虚な人です。

そして相場における正しいというものは何もないということをこういった方々は心底理解しています。

相場には正しいも間違いもない

さらに言えば相場には正しいも間違いもないということになります。

理論株価があってそれが絶対的に正しいのなら全銘柄で同じ計算式で出した理論株価に収れんしていなければ正しいとは言えないのです。当たり前の話ですね。

正しいとはどんなものに当てはめても必ずそうなる1+1は2であるというものであるべきだからです。

しかし相場ではそうなることは決してありません。

ですから相場には正しいということはないのです。

そしてこれは明らかにおかしい水準で買われているだろう売られているだろうということが日々起きており絶対的にそれが間違いなら必ずそれは修正されなければなりませんが全く修正されないままで維持され続けていることもあり、そのことによって相場には間違いということもないということを理解出来ます。

相場には正しいも間違いもなく、あるのはただただ現株価という事実のみなのです。

唯一の正しさとは

投資家にとって唯一の正しさとは何か?

それは現株価はいくらであるということ、そしてそれはこういう指標においては割安である割高であるということ、つまり現株価がいくらである、ファンダメンタル、テクニカル指標のおいてこの数字に今ある、それだけは間違いなくだれが見てもその数字ですからその数字は正しいということになります。

これが唯一の正しさです。

今この瞬間における値だけは確かに事実であり正しいものであるということになるわけですね。

この当たり前のことをしっかりと理解することが大切です。

あなたの手前勝手な相場予測、銘柄分析などただの自己主張でしかなく正しいものではないのです。

唯一の正しさとは何かをきちんと理解している人は自分自身の考え自体もまた正しいわけではないと考えます。

そしてその姿勢がとても相場で成功し続けるために必須なのです。

淡々と生きる

最後までお読みいただきありがとうございました。

政治にせよ経済にせよ、何にしても今日も様々な人が様々な自己主張をしているというのが実際です。

そしてそれぞれがいかに自分が正しいかということを必死で述べ続けています。

私はそういうのを見ると苦笑せざるを得ないということになります。

自己主張を持つのは良いとしてそれを自分自身が実践するのは好き好きなのですが、それを他人に勧めて押し付けていこうとすることは余計なお世話なのですね。

いろいろな考え方でいろいろな人生があってよいというのが私の主張です。

何をしてもよいし何もしなくてもよいのです。

偉大な業績を残す人もいれば何も残さない人もいます。

自分のために生きる人もいれば他人のために尽くす人もいます。

大儲けする人もいれば一銭も稼がない人もいます。

何を考え何をするのかしないのかすべて本人の自由であるというのが当然でありそこに優劣もなく正誤もありません。

この世を生きにくくするのは常に他人との比較をし始めるからです。

時代に求められる人もいれば時代に合わなかった人もいるわけです。

才能や努力の違いももちろんありますが、それさえもどうでもよいことなのです。

才能あるから素晴らしく才能がないから駄目なのではないのです。

努力するから素晴らしく努力しないから駄目なのではないのです。

人生という意味では何が正しい間違っているというのは何もありません。

何故ならどうであれ必ず誰しもいなくなるからです。

最終的に必ず死ぬという意味で我々は皆平等です。

ですから結局は自分がいつ死ぬか分からないが死ぬそのときまで淡々と生きればよいのですね。

私の場合は相場を張り続けることが生きることです。

たいていの人はサラリーマンとしてどこかの組織に日々務めるのが人生でしょうが、私の場合は特殊な人生でしょうが、どちらが正しい間違っているというのはないのです。

あるのは多数派と少数派というだけでそこに優劣もありません。

概ね順風満帆か概ね波乱万丈かというだけでそこに良し悪しもありません。

忘れてはいけないことはただ一つ、どうせあなたは最終的に必ず死ぬということです。

後はその絶対的真理を受け入れた上でさてどう生きようか?ということなのです。

ここをしっかりと腹の底に据えておくと他人の個人批判などする気も起きなくなりますし、比較なんてする意味も他人から承認されることも興味が無くなっていきます。

ただただ自分のやりたいことを淡々とやり続けるということになります。

相場では、いや人生においてもこの思考で生きる人間はよく生きることになることがほとんどとなりますね。

相場での成功においても大事な思考です。

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