好悪

独活日記(相場を生き抜くために)

好き嫌いは人の常ですね。

この人は好きあの人は嫌い。

この人のこういう面が好きだけどああいう面が嫌い。

自分のことは棚に上げて好き勝手に他人を評価して好悪で区別してしまいます。

確かに友人関係を紡ぐという意味では一緒にいて話しやすい価値観の合う人とともに時間を過ごすことが心地良いですから一つの判断材料として良いことだと思うのですが、投資家でもこういう好き嫌いで買う買わないを決める自分勝手な人も多いのです。

こちらの方ももちろんその投資家の自由ではあるのですが正しいことなのかどうか、今日はそのことを考えてみたいと思います。

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好悪という感情

この経営者は生意気だ、印象が悪い、不誠実な株式売却をした、様々な理由で絶対に投資しないと主張する投資家がいます。

そのような好悪の感情を持つこと自体は人間ですから当然持つものですね。私ももちろんそういう感情を個々の人間に対して持ちます。

ただこの好悪という感情は基本的には論理的なものではなくまさに文字通り感情的です。

基本的に感情的売買を繰り返して成功し続けることは難しいのが相場の世界ですからこういった好悪という感情をどんな銘柄を売買するのかと考える上で持ち込んでしまうと非常に限定的なものになってしまうのです。

投資における好悪

投資家にとって好悪とすべきは以下の点になります。

自分が資金投下した企業の株価が順行し続ける企業を好むべきです。

自分が資金投下した企業の株価が逆行し続ける企業を嫌うべきです。

何故かといえば前者は自己資産増加し、後者は自己資産減少するからですね。

至極当たり前の話なのですが、この投資家の本分をすっかり忘れてしまって適切な機会を好悪で避けて不適切な機会を好悪でこだわってしまうのです。

何故好悪を投資判断に入れてしまうのか?

それは投資家心理にあります。

経営者が偉そうなことを述べていてその言葉が気にくわない、思想が相容れないものであるといった言動の嫌悪や過去に自分が投資して失敗したという経験を忘れることができずに依然として恨み辛みを抱いているといったものもあります。

このような心理的拘束が投資判断をする上で適切であると思っても出来ず、不適切だと思っても動いてしまう要因になっているのですね。

市場はもちろんそんな個人的なとある個人投資家の好悪という感情など全く興味がありませんから好き勝手に動くだけなのですが、投資家はどうしても好悪という感情から逃れることはできぬ心理拘束を生じさせてしまうのです。

ではどうしたらよいのか?

基本的にはこの手の情報は見ないということが大事ですね。

あなたが好悪という感情を強く持ってしまうだろう情報は遮断して売買に臨もうとすることが大事でしょう。

そしてもう一度繰り返しますが投資家の本分を思い出すべきです。

投資家は感情の赴くままに好悪で売買しても成功し続けることは出来ません。

どのような生意気な経営者だろうとも思想が異なる経営者だろうともその人間としての評価は別として論理的な投資分析において素晴らしい機会にあるのであるなら淡々と動かねばなりません。

これはお金を貰う仕事をしている人間であれば基本的には当然の話かもしれませんね。

仕事のためには忍耐しなければならない、成功するためには寛容にならなければならない局面があるということです。

これは投資家も例外にはならないということになります。

心の作業

最後までお読みいただきありがとうございました。

自分の資金を投資するのだから自分の好きな企業に投資したってよいじゃないか。

全くその通りです。

その通りなのですが、好きだから投資が成功するわけではないということはきちんと認識しなければなりません。

逆もまた真なりであり、嫌いだから投資が失敗するわけではないのです。

投資家として成功し続けるためには一般的な感情となる好悪による心理的拘束を解放させる必要があります。

そのためには好悪の感情に関しては投資収益を挙げてくれるものその確率が高いものを好きになり、投資損失を出してしまう、その確率が高いものを嫌いになる好悪の対象の配置転換をするあなたの心の作業が必要なのです。

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