行為に意味を求める

独活日記(相場を生き抜くために)

何かをしようと思うとき大抵の人間はそこに意味を求めます。

これをして自分が成長出来るだとか、メリットがあるだとか、子供のため親のため、恋人のため友人のため、その行為をしているのであるとして意味付けを行わないと実行できない人が多いのです。

相場でもまたこの人間の特性が現れます。

株を買うという行為に意味を求めたがるのです。

しかし成功し続ける投資家というのは売買行為に意味を求めません。

私自身全く意味を求めておらず淡々と日々売買を継続しています。

今日はこのことを考えてみたいと思います。

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私翁の例

恥ずかしげもなく私翁の売買を例証にして考えてみましょう。

私はまあまずまずのプロの相場師です。

一応長年相場を張り続けてきて一貫して十分な総合的利益を叩き出し続けて生き残り続けてきました。

その売買は一貫しており、その実践に躊躇は全くありません。

もちろん過去その売買で総合的利益を長期にわたって叩き出し続けることが出来てきたということから来る自信とリアルタイムでの売買実践において丁寧に日々売買記録を付けて反省検証していくことで精度は日々高まっており、将来への変化への対応も含めて一定の自己信頼が成されているからです。

しかしながら実際の取引結果という観点からはとても成功し続けているようには見えないのだろうと思います。

売買実践における勝率、要するに全取引回数における目標価格以上に達して成功している取引は僅か20%です。要するに10中8.9は失敗取引となっているわけですが、何故か総合的利益が出続けています。

もちろん何故かと言ったのは冗談で期待値が大きくプラスですので確率統計学的には当然の結果です。

しかし人間心理としては一つ一つの取引に意味を求めてしまうのでほとんど失敗に終わる各個の取引を経験するたびにこれはおかしい何故上手く行かないんだろうと考えてしまいますのでいくら確率統計学的に保証されていても安心納得できない人が多いのですね。

これが行為に意味を求めてしまうことの弊害です。

私の場合は私の思った通りに感情に振り回されずに個別取引においては予期せぬ損失や連続した損切りが続いたとしても淡々と売買実践継続していれば間違いない期待値プラスの確率事象から総合的利益が出続けるということが分かっているのでどうであれ適切に売買実践し続けるということになります。

ですから個々の取引に意味を求めていないのです。

個々の取引において私の自己規則通りのタイミングで仕掛け手仕舞うわけですが、そこに何も意味はないということを理解しているということになります。

サイコロを振ってゾロ目が出る確率は6分の1であるということは誰しも分かるのですが、目の前の6回の試行で少なくとも1回は必ず出るのではないかと考えてしまう投資家が多いということなのです。

これが行為に意味を求めてしまう人間の性ということになります。

私はサイコロ振ってゾロ目が出るよりはちょっとましな勝率の売買を日々やっているということをしっかりと認識しています。

そしてそれは6回連続で出ることもあれば100回連続で出ないことさえあるということを分かっておりそれが自分にも起こり得る、自分が適切な売買を繰り返していても起こり得る当然の確率現象であるということをきちんと理解しているわけなのです。

この私翁の例を考えてみることで行為に意味を求めることの弊害を理解して欲しいのです。

思考から行為へと繋げるのは勝手である

この株は上がるに違いないと考えて買う

とある投資家がそう思考することは自由です。

そしてそう思考することで株を買うということに動機が生じて実際の行為に及ぶわけですね。

ここまでの思考から行為へと繋げることは誰しもがやっている過程です。

しかしここで大事な点があります。

それはこの過程を踏んだのは自分の勝手であるということです。

自分勝手に思考し行為したのです。

このことをしっかりと認識することが大事です。

この株が上がるに違いない、直感であれ分析であれ何であれそう思考したのは勝手

思考から実際の売買行為へと繋げたのも勝手

故に結果どうなってもそれは勝手なのです。

その通りに上がってもその通り上がらなくても即下がってしまっても勝手なのですね。

思考から行為へと繋げるのは勝手であるということを理解してください。

機械的に売買するということの本質

私はただ自己規則に従って日々売買しています。

決められた通りに仕掛け手仕舞うだけですからそこに意味はありませんし、感情を起伏させることもほとんどありません。

言い換えれば機械的に売買するということですね。

機械は決められた動きを正確に反復し続けることが出来ますからそのような機械のように決められた通りに売買を継続する姿勢で相場に取り組むことを機械的に売買すると表現しているわけですね。

ただここで注意点があります。

機械的にと言ったときにではコンピューター自動売買と何が違うのだろうという疑問が沸いてきてしまうと思うのです。

しかし実際に売買するのは人間である自分です。

機械的にというだけで機械と同様に売買するわけではないという点は注意しなければなりません。

機械的に売買するということの本質は自己規則を作ってそのプログラムに従い続けようとする基本姿勢を持って売買するということなのです。

結果実際そうではない取引というのが生じることはあって良いのです。

実際には我々投資家は機械ではなく人間なのですから売買実践において様々な人間的な部分が出てきてしまうことは否めません。

ただ基本姿勢として決められた通りに機械的に売買しようとする意識は保ち続けて欲しいということになります。

行為に意味を求める

最後までお読みいただきありがとうございました。

人間は基本行為に意味を求めてしまいます。

相場においても例外なくそうなります。

従って自己規則を作ってそこに人間的ではなく機械的に従えるように自分自身言い聞かせ続けるという努力が大切になっていきます。

それはすべて売買行為に意味を求めないように自分を持っていくための準備なのです。

売買行為に意味を求めずに淡々と売買できる投資家というのは圧倒的成功をし続けて生涯を終えます。

一時的成功を収めたとしても最終的に失敗に終わってしまう多くの投資家たちは総じて売買行為に意味を求める瞬間を持ってしまうからなのです。

そしてそれは人間の基本的性質でありなかなか避けられぬ本能であり、故に注意深く日々自己監視して行為に意味を求めようとしている自分がいないかどうかを確かめつつ、売買実践は出来得る限り機械的に自己規則に決められた通りにやろうとする姿勢を保つということを継続する努力を積み重ねるのです。

私翁はこれを日々行うことで売買行為に意味を求めることなく、粛々と適切に処理し続けていく自分自身の形成を確立してそれを今日まで維持できています。

しかし明日にはとある瞬間においてそれが出来ぬ状態になってしまうリスクがありますので一切奢ることなく明日も同じように出来るように自己監視を怠っていないのですね。

あなたもどんな銘柄が良いかとかこれから相場がどうなるかといった情報を得る暇にはぜひとも自分自身のことを考察し、あなたの売買行為に意味を求めているあなたがいないかどうか少し考えてみて欲しいのです。

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